社会課題を語り合う

漱石を甦らせたのは、科学と文学。石黒浩教授に記者が聞く漱石アンドロイド創造秘話【前編】

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石黒 浩

ロボット学者/大阪大学教授

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嘉幡久敬

朝日新聞東京本社科学医療部専門記者

1916年12月9日、日本を代表する文学者、夏目漱石はこの世を去った。

 
漱石が生み出した、誰もが知る名文。また、かつて1000円札に刻まれたその肖像から、逝去から100年が経過した今も、我々は漱石の存在を皮膚に感じている。
しかし、1867年生まれの漱石の実存を知る者は、言うまでもなくどこにもいない。

 
だが、テクノロジーを駆使し、今は亡き漱石の姿を復活させるプロジェクトがスタートした。

 
漱石が漢学を学んだ学校法人二松学舎と、マツコデラックスのアンドロイド『マツコロイド』を生み出した、大阪大学大学院の石黒 浩教授が進めているこのプロジェクトに、漱石の孫である夏目房之介氏、漱石が社員として在籍した朝日新聞社が協力している。

 
2017年1月27日に開催されるイベント、「朝日新聞未来メディアカフェVol.11 吾輩は漱石アンドロイドである~人型ロボットと未来社会」を前に、カフェコーディネーターの朝日新聞・嘉幡久敬記者が、漱石アンドロイドが存在する意味と創造秘話を、開発者の石黒教授に聞いた。

 
現役新聞記者と、一般参加者がともに考え、社会課題の解決策を探る「未来メディアカフェ」。
1月27日は石黒教授をゲストに、ロボットと社会の関係を徹底考察します!
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誰も知らない漱石を、“何に”似せるべきか

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▲漱石アンドロイド。

 
嘉幡:10年以上ロボットの取材を行っていますが、漱石アンドロイドを見て、外見の作り込みに感動したんです。肌が非常にもちもちしていて、血色も皮膚の下に血管があるかのような、精密な作りですよね。朝日新聞社が所有している漱石のデスマスクを元に作ったと聞いていますが、リアリティある顔を生み出すための苦労はあったのでしょうか。

 
石黒:デスマスクってそもそも修正されているんですよ。実際は髪の毛だってフサフサじゃないし、ヒゲも生えていないでしょ。デスマスク自体、骨格としては正しいけれど、こうした見栄えの部分をかなり修正した結果のもの。ですから、デスマスクは“おおむねの構造”なんですよ。

 
嘉幡:デスマスクは美化した結果のものだと?

 
石黒:美化していますね。で、もっと美化しているのが1000円札の肖像なんですよ。漱石の写真をいろいろ見ると、本当はあそこまで整っていなかったのでは、とも感じます。それぞれ修正が入っている様々な資料から、いかにバランスを取るか。そこが難しいですね。

 
嘉幡:実物がいませんからね。

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石黒:そうですね。とはいえ、やはり写真が正しいだろう、とは思っています。お札の肖像のイメージがすごく強いので、あの姿には合わせていかざるを得ない。一方で、写真だってどこまでレタッチ(修正)が入っているか分からない。

 
一番の悩みどころは、デスマスクの構造と、写真から得られる構造がかなり違うことなんです。デスマスクって明らかにやせ細った、死ぬ間際の顔という感じですが、そこからどこまでふっくらとさせるべきか。一方で、写真はあまりにもふっくらしすぎているのではないか、という疑問もある。結果としては、デスマスクと写真の間くらい、そこから少し写真に寄せようか、というところです。

 


 

漱石の孫にも分からない、“違和感”の正体

 
嘉幡:漱石アンドロイドの声を担当されている夏目房之介さん※は、アンドロイドと対面して「ちょっと違和感がある」とおっしゃっていましたが、こうした意見を聞いて、どうお感じになります?

 
※マンガコラムニスト・学習院大学教授。夏目漱石の孫にあたり、漱石アンドロイドの声は、同氏の肉声から抽出された音の素をベースに制作されている。

 
石黒:夏目さんは制作の過程で、何度かアンドロイドの顔を見ています。その流れで言えば、違和感のレベルは全然違いますよ。最初こそ、鼻が違うとか色々言われましたけど、現状のものは十分に似ている、許容範囲を超えてきているなかでの感覚でしょう。

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▲写真右が、夏目房之介氏。漱石の孫に当たる氏の声から音素を抽出し、漱石アンドロイドの声を作り出した。

 
嘉幡:マツコロイドのように、実物との比較で違和感を覚えることはできません。そもそも夏目漱石は写真しか残っていないのに、何を元にして違和感を覚えたのか、自分でも不思議だと夏目房之助さんはおっしゃっていましたね。

 
石黒:100%、自分のイメージ通りではない、ということでしょう。でも、イメージなんてボンヤリしたものです。あとは見せ方の問題ですよ。お札と同じポーズで、お札と同じ構図で見ればそっくりに見える。「なるほど!」と思ってしまうんです。

 

漱石を甦らせるのは、科学。そして文学

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嘉幡:さて、漱石といういわば歴史の中の人物をアンドロイド化するプロジェクトですが、このプロジェクトのどこに興味を感じたのでしょうか。

 
石黒:やろうと思ったのは、直感ですよ。でも、直感の裏には必ず理由がある。文学というフィールドでアンドロイドがどういう役割を果たすのか。文学とアンドロイド技術やロボット技術が融合するというのはすごく面白いと思ったんです。

 
これまで作ってきたのは全てご存命の人物で、すでに亡くなっている方を作ったことはありません。でも、漱石は完全に死んでいない。なぜなら、漱石の残した文学に、漱石の人物像がちゃんと残っているからです。今回のプロジェクトは、むしろ文学からその人を再現するプロジェクトです。

 
文学研究の先生にも、初期の打ち合わせで文学とはまさに人物像が投影されているもので、作品を通して作者像に迫るのが文学研究の真髄なんだと言われました。だったら、アンドロイドを使えば、今までバラバラだった個々の文学研究者のイメージがちゃんと集約できるんじゃないかと思った。研究は常に新しい挑戦なわけで、今回のプロジェクトのように、文系と理系が融合したときに本当の挑戦が出てくるわけですよ。

 
嘉幡:文学研究者のイメージをアンドロイドを使って集約すると。

 
石黒:漱石アンドロイドはプログラムによって小説を読み聞かせたり、話したりするわけです。その話し方に、文学研究者は「そうじゃない」だとか言ってくるわけです。「ある小説には、ある文献にはこう記されている」といった研究成果を背景に。こうしたやりとりを経て、夏目漱石のキャラクターを復元していくことになるわけですね。

 
嘉幡:まさに文学と科学の融合の結果というわけですね。

 
石黒:本当の意味での異分野交流で、今までの文学研究はテクノロジーとは無関係で、あまり進歩がなかったわけですね。そこになにがしかの進歩をもたらすことができる。

 
例えば、人間の主観だけで研究を行っていた心理学が、モーションキャプチャという動きを正確に計測するビデオ装置ですごく進化した。こんな風に文学研究に対して、アンドロイドがもしかしたら重要なツールになるかも知れないですね。もしかしたら、それは文学研究ではなく、新しいカテゴリーなのかも知れない。

 

アンドロイドは人の心をつくるのか

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嘉幡:文学研究者のイメージが集約した漱石アンドロイドを、今後、一般の方に見てもらっていくのですよね。

 
石黒:もちろん。偉人になにか教えてもらったとき、教えを受けた人がどのようにして文学に対する興味やモチベーションを持つか、というのは教育者としてすごく興味がある。

 
想像の中にしかいなかった偉人が目の前に現れるわけです。受け手の想像通りの部分もあるでしょうし、逆に想像と異なる漱石像の場合もあるでしょう。この違いがそれぞれどのような影響を与えるのかを見てみたい。人の存在が人に与えるものとはなにか、とね。他者にとって人生の目標であり、基準として存在する、というのが偉人が生まれる理由だと思いますよ。で、偉人がアンドロイドだったときに、どんな影響を与えるのか。もしかしたら、偉人に対する想像の余地を残しておくべきなのかも知れません。

 
例えば、イチロー選手と握手するとか、喋る機会があったら、みんな興奮するでしょ。でも、イチロー選手と握手しまくったら、受け手の中でイチローが普通の人になっていく可能性もある。偉人のアンドロイドには、受け手が偉人に対して想像を膨らませるだけの余地が必要なのかも知れません。

 
人の心の中で、偉人という存在がどのように形作られるのか、人に対する憧れがどう形成されるのかを観察する行為は、人の心がどう形成されるのかを観察することに近い。人の人格とはどのようにしてつくられているのかは、すごく面白いですよね。

 

漱石アンドロイドが生み出す、人の心のさざ波

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石黒教授は、様々なメディアで「ロボットの研究を通し、人間を知りたい」と発言する。ロボット、さらに言えば人を精巧に模したアンドロイドを目の前にしたとき、人は名状しがたい感情を抱く。

 
コップや信号機を目にしても、決して生まれることのない、心のさざ波だ。石黒教授は様々なアンドロイドを人に提示する。そのとき生まれる心のさざ波をすくい取り、その形質から、人格とは、人とは何か、という疑問の解を結像させようと試みる。

 
漱石アンドロイドは、今後さらに豊かな言葉を獲得し、人々の前に立ち、自身の作品を読み聞かせ、解説し、講演をする。誰も知らない、偉人のキャラクターが、アンドロイドという物的な存在感とともに現れ、語りかける。そのとき、人の心にはどのようなさざ波が生まれるのだろうか。

 
「漱石アンドロイド」プロジェクトとは、よくできた蝋人形を立ち上げる試みではない。文学と科学が出会ったことで“蘇生”した漱石に導かれ、人間の存在を探すプロジェクトだ。

 
■■■Next Issue■■■

石黒教授への特別インタビュー、第2弾も公開中。チャーミングな眉間のシワ、はたまたユニフォームたる黒装束の秘密から、「人間とは何か」までを聞く。

 
構成、執筆、撮影:初瀬川裕介(サムライト株式会社)
 
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  • speaker石黒 浩

    ロボット学者/大阪大学教授

    1963年生まれ。大阪大学基礎工学研究科博士課程修了。工学博士。京都大学情報学研究科助教授、大阪大学工学研究科教授を経て、2009年より大阪大学基礎工学研究科教授。ATR石黒浩特別研究所客員所長(ATRフェロー)。社会で活動するロボットの実現を目指し、知的システムの基礎的な研究を行う。ロボット研究においては、従来、ナビゲーションやマニピュレーションという産業用ロボットにおける課題が研究の中心であったが、インタラクションという日常活動型ロボットにおける課題を世界に先駆けて提案し、研究に取り組んできた。そして、これまでに人と関わるヒューマノイドやアンドロイド、自身のコピーロボットであるジェミノイドなど多数のロボットや、それらの活動を支援し人間を見守るためのセンサネットワークを開発してきた。2011年に大阪文化賞を受賞。また、2015年には、文部科学大臣表彰受賞およびシェイク・ムハンマド・ビン・ラーシド・アール・マクトゥーム知識賞を受賞。主な著書に「ロボットとは何か」(講談社現代新書)、「どうすれば「人」を創れるか」(新潮社)、「アンドロイドは人間になれるか」(文春新書)などがある。

  • speaker嘉幡久敬

    朝日新聞東京本社科学医療部専門記者

    1965年生まれ。1989年、東京工業大学大学院修士課程修了、朝日新聞社入社。仙台支局などを経て、主に東京・大阪本社の科学医療部で地震災害、医療、原子力、科学技術行政の報道にかかわる。福島第一原発事故はデスクとして担当。2014年4月より本紙テクノロジー取材班で人工知能やバイオ技術、ロボティクスなどを取材、現在は基礎科学や軍事研究なども担当している。趣味は絵と器。

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